悲恋エタニティ
「ごめんなさい」
何度目かのその私の言葉に
「姫のせいではありません」
何度目かのその彼の返答が返ってくる。
夕雨に、つかまった。
できるかぎり帰路を急いだのだが、屋敷に着く前に空は泣きはじめてしまった。
彼の目測が誤ったのではない。
外出に慣れていない私の足の遅さと、過分に求めてしまった食料の重みのせいで進む速さが鈍ったせいだ。
どちらにしても私のせいに変わりはない。
それが申し訳なくて俯くと、彼は心配そうな顔をして私を覗きこんだ。
「疲れましたか?」
想像以上に近い顔の位置に胸が跳ね、言葉を詰まらせ赤面してしまった私の態度を、彼は肯定ととったようだ。
神妙な顔をして何かを探すように周囲を見回す。
彼が帰路を急ぐことを瞬時に止め、雨宿りをする場所を探し始めたのだと気付いた私は焦った。
「平気です。疲れていません」
これが決定打になった。
私のその本音を『遠慮』と受け取った彼は私の持っていた肉と卵まで奪い、帰路とは違う道を進みはじめる。
「少々足を速めます。ご容赦を」
こんな時まで気遣いを見せる彼に、切なくさせられた。
迷いのない足は、山の少し奥まった場所に建つ抜け殻の寺に私を案内する。
長らく人の足に踏まれていないせいか建物はひどく寂れ、今にも崩れ消えそうなほど役立たずに見えたが
通り雨から私達を守るには足りていた。
こんな場所の地理にまで詳しい『忍』という職の多才さには本当に頭が下がる。
荷物を下ろした彼は手早く火を起こし、私を座らせて暖をとらせてくれた。
その手際の良さに感動しながらも、自分がここまで動ければ、もう少し彼の役に立てるのにと沈む。
そしてもう少し役にたつ女であるなら、彼に必要としてもらえる価値も生まれようものをなどというどうしようもない自分勝手さに更に暗い気持ちになった。
そろりそろりと強まってきた雨足に外を眺め、白く霞む外景を見る。
灰色の空と掴みどころのない曖昧な輪郭の木々達が何とも切ないものに思えた。
それでも彼と迎える景色という喜びが、それすらも愛おしく塗り替えていく。
美しい景色だと思った。
胸が潰れそうなくらい美しい景色だと。
降り始めの雨の甘い様な濡れた香りも、
光と影が互いに滲んで同化する様な光彩も、
冷たさとぬるさを決めかねた様な戸惑いの風も、
すべてが彼とともに私に刻まれていく。
私はきっと今日のこのすべてを忘れる事はないだろう。
いつか死ぬ瞬間にでも鮮明に思いだすのだろう。
そう思った。
命果てるその瞬間に訪れるものがこの思い出なら、それは幸福な人生だったのではないかとそんな事を考え、少し微笑んだ。
何度目かのその私の言葉に
「姫のせいではありません」
何度目かのその彼の返答が返ってくる。
夕雨に、つかまった。
できるかぎり帰路を急いだのだが、屋敷に着く前に空は泣きはじめてしまった。
彼の目測が誤ったのではない。
外出に慣れていない私の足の遅さと、過分に求めてしまった食料の重みのせいで進む速さが鈍ったせいだ。
どちらにしても私のせいに変わりはない。
それが申し訳なくて俯くと、彼は心配そうな顔をして私を覗きこんだ。
「疲れましたか?」
想像以上に近い顔の位置に胸が跳ね、言葉を詰まらせ赤面してしまった私の態度を、彼は肯定ととったようだ。
神妙な顔をして何かを探すように周囲を見回す。
彼が帰路を急ぐことを瞬時に止め、雨宿りをする場所を探し始めたのだと気付いた私は焦った。
「平気です。疲れていません」
これが決定打になった。
私のその本音を『遠慮』と受け取った彼は私の持っていた肉と卵まで奪い、帰路とは違う道を進みはじめる。
「少々足を速めます。ご容赦を」
こんな時まで気遣いを見せる彼に、切なくさせられた。
迷いのない足は、山の少し奥まった場所に建つ抜け殻の寺に私を案内する。
長らく人の足に踏まれていないせいか建物はひどく寂れ、今にも崩れ消えそうなほど役立たずに見えたが
通り雨から私達を守るには足りていた。
こんな場所の地理にまで詳しい『忍』という職の多才さには本当に頭が下がる。
荷物を下ろした彼は手早く火を起こし、私を座らせて暖をとらせてくれた。
その手際の良さに感動しながらも、自分がここまで動ければ、もう少し彼の役に立てるのにと沈む。
そしてもう少し役にたつ女であるなら、彼に必要としてもらえる価値も生まれようものをなどというどうしようもない自分勝手さに更に暗い気持ちになった。
そろりそろりと強まってきた雨足に外を眺め、白く霞む外景を見る。
灰色の空と掴みどころのない曖昧な輪郭の木々達が何とも切ないものに思えた。
それでも彼と迎える景色という喜びが、それすらも愛おしく塗り替えていく。
美しい景色だと思った。
胸が潰れそうなくらい美しい景色だと。
降り始めの雨の甘い様な濡れた香りも、
光と影が互いに滲んで同化する様な光彩も、
冷たさとぬるさを決めかねた様な戸惑いの風も、
すべてが彼とともに私に刻まれていく。
私はきっと今日のこのすべてを忘れる事はないだろう。
いつか死ぬ瞬間にでも鮮明に思いだすのだろう。
そう思った。
命果てるその瞬間に訪れるものがこの思い出なら、それは幸福な人生だったのではないかとそんな事を考え、少し微笑んだ。