悲恋エタニティ
はじめて心に芽生えた彼への思いという『蕾』でさえ、春を迎えることはない。

空には灰色の雲。

降り注ぐはいまだ冷たい雨。

みすぼらしく春に焦がれるだけの木の姿は、先に光の待たない自分の姿のように見えた。

暗くみすぼらしく、灰色の中に立つ骨のような存在。

私には、この桜が一番似合う。

少し、笑えた。


―――春よ、来い。


来るはずもないのにそっと、そう願う自分に悲しみが積もる。


―――春よ、来い。


簡潔明瞭なこの祈りの言葉は、まるで決して明けぬ冬からの愛の告白のようだった。

決して叶わない思い。

だからこそそれは、永遠に告げられ続ける。

永遠に乞われ続ける。


春よ、来い。

春よ、来い。


…愛しています。

と。


動くことの許されない場所から呼びかけ続ける。


…ずっと。


私は今日を終えればもう二度とこうして外に出ることが叶わないだろう。

彼の善意で連れてきてもらった今回の外出で、どれだけの心労と迷惑をかけたか大体把握しているつもりだ。

私が彼ならもう二度と連れ出したりはしないだろう。

自分自身の為もあるが、なにより相手の事を思って。

言葉にはしないが、彼は私を疲労させた事を後悔している。

帰路を急ぐことではなく雨に濡れることを避けたのは、少しでも無理をさせないためだ。

回数をこなせば慣れることもあるだろうが、それまでにやはり疲労はさせる。

彼はそれを許さないだろう。

それにやはり外出回数を重ねればそれだけ様々な危険性も増す。

自分はともかく、私に危険が及ぶことを彼は是としない。

彼の優先順位は常に私が先頭にいる。

それが任務のためでなければこんなに辛くないのにと思うのは、ただの私の身勝手だった。

彼はこんなにも完全で見事な人間なのに、私はこんなにも不完全でちっぽけな存在であることが、実際とても恥ずかしい。

私は本当に、下賤で浅はかだ。


「まだ寒い。花開くにはあとひと月ほどかかります」


沈黙に気を使ったように彼がそう声を出す。

でもその声はどこか気まずそうだった。

言いにくい事を言おうとしている。

そんな戸惑いに、予想していた言葉が来ることを感じ取る。


「ですが…」


―――あなたがそれを見ることはない。


そう告げることは、むしろ彼の優しさな気がした。

愚かな私が淡い期待を持たないように、早々に現実を叩きつけるのは彼なりの心配りである気がした。

私が外にでることは、もうない。

私か桜を見ることも、ない。

―――あなたがそれを見ることはない。

申し訳ありませんが。

優しい彼は、そうしてその言葉に『謝罪』をつけるかもしれない。
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