悲恋エタニティ
…気が、ついた。

『姫』ではなく、『朧』なら

気が、ついた。

言いようのない思いに脈が上がる。


「…はい」


遅れながら返事をする姫にどうしようもない愛おしさがこみあげ、俺は思わず口元を緩めた。

それが悟られないように、考えこむふりをして口元を手で隠す。

見つめていると熱が上がりそうだったので、視線を逸らした。

俺が提案し、姫に渡した名、『朧』。

それを姫が喜んだのはわかっていた。

でもこんなにも手放しで大切にされるとは思わなかった。

ぼんやりしていた姫が何を考えていたかはわからないが、『姫』という呼び方に反応できない程には集中していたのだろう。

しかし『朧』という呼び方だけはその思考をも中断させた。

それは姫の中で、その名が、重要な位置にあるからに他ならない。

俺が渡した、その名。

それを縋るように抱く姫。

甘い愉悦と独占欲が、体中を痺れさせた。

俺が自分の勝手で黙っている間に、どうやら姫は見当違いの推測を立ちあげたらしい。

少し暗い表情になり、目を伏せながらこう尋ねてきた。


「…もしや、何度も私を呼ばれましたか」


呼んだ…は、
呼んだが……。


「…ええ…。…あ、いえ…」


うまく答えられず言葉を濁すと、姫は更にその瞳を曇らせた。


「すぐに名に反応できず申し訳ありません」


どうやら自分が『朧』という名に未だ慣れず、何度か聞き逃し俺に手数をかけたと思ったらしい。

そして、その名に反応できなかったという勝手な勘違いで自分すらも傷つけているようだ。


「…いえ、むしろ…、…いや……」


うまく救い出してやりたいが、なにぶん俺も高揚していてそれどころではなかった。

更に、そうして落ち込む姫にさえも喜びを感じている。

我が事ながら、始末に負えない。

理性を総動員して心を治めながら、俺は姫を見つめた。

そう。

和んでいる場合ではない。

最低限の注意事項だけ伝えて早く街に行かねば夕方の雨にぶつかってしまう。

まだ雪の舞う季節に雨などに濡れては姫の体に触る。

それだけは避けたい。

俺は姿勢を正した。


「……姫」


神妙に声を出すと、姫が体を硬くする。

やはり連れてはいけないと言われる、そんな覚悟をしているようだった。


「……はい」


そんなことは言わない。

そうではない。

そう言って本題に入る筈だった。

だが、言葉に詰まった。

姫が、冷えていたからだ。

ひどく。

芯が。


(…『熱』が)


姫の表情から、『熱』が消えた。

完全に消えたわけではないが、なにかのきっかけが確実に姫の心を冷やしている。

万華鏡を覗いていたような無邪気さは、死に方を乞うたあの陰鬱に変わっていた。

暗い影が姫を覆う。

俺は目を細めた。


…『姫』。


この、呼び方か。
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