悲恋エタニティ
そんな私の心の中など知らず、肉屋の夫婦は大笑いをする。


「まあ、できたにしても作るにしても体力は要るわな。兄さん激しそうだし」

「…なッ…!!」


その推測に彼はすぐさま異論を唱えようとしたが、


「『菊』の骨もわけてやれ。肌にいい」


という過分な土産をつけられ黙るしかなくなる。

罪なくその話題を続けてくれる2人に笑みが漏れた。

私達が本当に夫婦であったならなんて幸せな会話になったことだろう。

私達が本当にそういう関係であったならなんて楽しい会話になったことだろう。

しかし、それは決して起こり得ない。

…それは、触れてはならない場所だった。


少なくとも、彼には。


あの夜、彼は私の体を要求した。

けれど、おそらく本当に抱くつもりなどなかった。

彼は彼を虐げ続けた偶像として私を穢したかった。

しかし私はそれに値しなかった。

私はその時点において、彼の中の『役立たず』に確立されている。

任務だから彼は私に親切にする。

命令だから彼は私の傍にいる。

けれどそれが外れたら、彼にとって私はなんの価値もないものになり果てる。

名を与えてくれても、こうして傍にいてくれても、彼の中で私が『特別』になることはない。

どんなに私が心を寄せても彼には伝わらない。

指一本触れたこともない女を孕ませたといわれた彼に、申し訳なさが滲んだ。

不機嫌そうな顔で支払いに向かう姿に、熱が冷めて行く。


「どこを好きになったんだい?あの兄さんの」


肉を渡してくれながら冷やかすように尋ねてくる女性に、なんとか愛想笑いを返した。


…いい人間なのだろうと、そう思う。


この人間も、その伴侶も。

他人の事を自分の事のように喜ぶ『人間』は、血の繋がりがあっても私を蔑み続けた身内とも、夫婦の盃をかわして死ねと命じた夫とも交わらない温かな人種に思えた。

そして…彼もまたそう。

温かな、人間だ。

支払いをしつつ店主と何かを話しているその人を見つめ、そっと目を伏せる。

たとえそれが礼節のひとつだとしても、任務の一環としてのふれあいだとしても、彼のすること言うことすべては、私に温かかった。


「どこを好きになったんだい?」


…どこを?

そんなものわからなかった。

私が彼を慕う理由。

そんなもの、たくさんあるようで、どれひとつ答えでないようで、わからない。


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