怪談
古本
同僚Eの話だ。


とても天気の良い日だった。

夜勤明けにも関わらずどこかで時間を潰そうと思ったEは近くの古本屋へ行ったそうだ。

お金を使わず涼しい場所にいようという下心だったので、本を買うつもりは全くなかったという。

いくつか気になる本を立ち読みしていると、気付けば三時間も経っていた。

さすがに居過ぎたと思ったEは、一冊も買わずに出ていくことに良心の呵責を覚えた。

せめて安いもの一冊くらいは買おうと105円の棚に移動した際、その本が目に入ったらしい。

薄暗い景色を装丁に赤い文字で題名を記されているその本は、一目瞭然に『怖い話』だった。

手にとり中身をぱらぱらとやると、聞き集めた怖い話が淡々と書き連ねられている。

怖い話は好きだが、臨場感を重視した「きゃああ」「わああ」という描写に萎える性質のEにとって、色気がないほどそっけないこの文体はむしろリアリティがあって良かった。

試しに一話だけ読んでみた。

やはり、いい。

夏になってきたし、怖い話もいいとこれを買うことにした。

定価1200円の本を105円で手にでき、得した気持ちになる。

見れば見るほど自分好みで、もしシリーズなら他も欲しいと思ったEは、105円の棚で同作家の作品を探してみた。

だが、ない。

もしかしたら105円ではない棚ならあるかもしれないと考え、棚を移動してみた。

すると、全く同じ本があった。

ためしにそれを手にとり、値段を見る。

680円だった。

一方が105円なのに対し、もう一方が680円?

同じ本につけられた値段の差を訝しみ、Eはふたつを注意深く比べてみた。

だが、なんの違いも見つけられない。

外も中も損傷はみられないし、煙草や香水の匂いもついていない。

本の帯も残されたままだし、中には未使用のアンケートハガキまで残っている。

なのに、この差はなんだろう。

不思議には思ったが、店員の貼り間違えか、もしくは平凡な消費者には興味のない理由だろうと完結させ、105円のほうをレジに持って行った。

むしろ、自分が105円で手に入れた本を誰かは680円で買うのかもしれないという優越さえ持った。

そうして、家に帰った。

その夜の事だ。
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