虹のふもと
見えない世界
人は皆、約束の時間になれば二本の足をなんてことなく動かし、電車に乗り、待ち合わせ場所で相手が来るのを待つ。
片手に音楽プレーヤー、片手には携帯電話。
食べたい物が食べられる店を探し、通された席に座る。
昨日はこれを食べたから、今日はこっちにしよう。
いや…でも、こっちでも良いか。
昨日のことを思い出しながらメニューに目を通す。
右手にフォーク、左手にはスプーン。
もしくは…右手には箸、左手で茶碗を持つ。
階段を上って、下って、坂道を上って、下りる。
そんなの当たり前、当たり前。
だけど、記憶することだって、手足を動かすことだって、本当は当たりなんかじゃない。
それに気づいたのは、ここ最近のことだった。
「お口開けてくださいね。そうそうそう!…はい、しっかり息止めて…飲み込んで…ふー。よし!上手!!」
「はい、ご馳走さま。」
「はーい。毎日少しずつ食べられる量増えてきましたね。息をしっかり止めて、飲み込んで、ふーって息を吐くのも上手になりましたねぇ。」
「そうだねぇ、模範生徒だろ。」
「本当にみんなの模範ですね。」
「でもやっぱり、口からご飯食べると元気になる気がするね。こんな病気すぐ治りそうだよ。」
「そうですね。やっぱりしっかり噛めると良いですよね。これで、お鼻の管が抜けると良いなぁ。明日はもう少し食べられるように頑張りましょうね。」
まだ新人に近い立場ではあるけれど、この白衣を着たら新人ぶっていられない。目の前にいるこの人達は、私達に全てを賭けてくれているのだから。この病院で働き始めてまだ少しだけど、そんなのお構いなしに、毎日時間に追われている。「自分の時間」がどんなものか忘れるくらい、朝起きたらすぐに夜になる。毎日その繰り返し。
家に帰って横になるとすぐに眠くなってしまう。それで気がついたら朝。休日はなにをしたっていい。残った仕事をしたって、買い物に行ったって…。でも、私が毎日一緒にいるこの方達は、私に元気をくれているこの方達は、こうやって笑ったり、跳んだり、跳ねたりしている間に苦しんでいるのかと思うと休日こそ休んでいられなかった。一生懸命この方達に、思いを返すことが最大の恩返し。
「有木さん、彼氏出来た?」
まだ若い私は、患者さんにとっては孫のような存在らしく、人生相談をさせてもらったり、根掘り葉掘り聞かれたり、どっちが先生なんだかわからない。
片手に音楽プレーヤー、片手には携帯電話。
食べたい物が食べられる店を探し、通された席に座る。
昨日はこれを食べたから、今日はこっちにしよう。
いや…でも、こっちでも良いか。
昨日のことを思い出しながらメニューに目を通す。
右手にフォーク、左手にはスプーン。
もしくは…右手には箸、左手で茶碗を持つ。
階段を上って、下って、坂道を上って、下りる。
そんなの当たり前、当たり前。
だけど、記憶することだって、手足を動かすことだって、本当は当たりなんかじゃない。
それに気づいたのは、ここ最近のことだった。
「お口開けてくださいね。そうそうそう!…はい、しっかり息止めて…飲み込んで…ふー。よし!上手!!」
「はい、ご馳走さま。」
「はーい。毎日少しずつ食べられる量増えてきましたね。息をしっかり止めて、飲み込んで、ふーって息を吐くのも上手になりましたねぇ。」
「そうだねぇ、模範生徒だろ。」
「本当にみんなの模範ですね。」
「でもやっぱり、口からご飯食べると元気になる気がするね。こんな病気すぐ治りそうだよ。」
「そうですね。やっぱりしっかり噛めると良いですよね。これで、お鼻の管が抜けると良いなぁ。明日はもう少し食べられるように頑張りましょうね。」
まだ新人に近い立場ではあるけれど、この白衣を着たら新人ぶっていられない。目の前にいるこの人達は、私達に全てを賭けてくれているのだから。この病院で働き始めてまだ少しだけど、そんなのお構いなしに、毎日時間に追われている。「自分の時間」がどんなものか忘れるくらい、朝起きたらすぐに夜になる。毎日その繰り返し。
家に帰って横になるとすぐに眠くなってしまう。それで気がついたら朝。休日はなにをしたっていい。残った仕事をしたって、買い物に行ったって…。でも、私が毎日一緒にいるこの方達は、私に元気をくれているこの方達は、こうやって笑ったり、跳んだり、跳ねたりしている間に苦しんでいるのかと思うと休日こそ休んでいられなかった。一生懸命この方達に、思いを返すことが最大の恩返し。
「有木さん、彼氏出来た?」
まだ若い私は、患者さんにとっては孫のような存在らしく、人生相談をさせてもらったり、根掘り葉掘り聞かれたり、どっちが先生なんだかわからない。