虹のふもと
「それがなかなかねぇ…。何がよくなればいいと思います?そりゃたくさんあるんだけれども…。」
「有木さんは、しっかりし過ぎているからじゃないの?」
「いやでも、意外と抜けているところもあるのよね。」
「そうねぇ…吉岡先生なんてどうなの?」
いつもみんな自由で、いつも病室から出てきて、ホールで井戸端会議をしていた。みんなでいる時、不思議なくらい誰一人弱い言葉なんて言わなかった。例えその左手が、左足が動かないとしても、誰かといる時は誰も嘆いたりしない。患者さんは時に、私が飲み込まれそうな勢いで向かってくることがある。だけどその勢いは、悲しみを乗り越えてきた証なんだ。

みんな同じように生きている。

 「今日は足が痛いから辞めておくよ。」
「でも種村さん、ほら私、足は動かさないから。動かすのは頭の方ですよ。」
「んー…。今日はゆっくりしたいんだけどなぁ。」
「そうなの?」
「そうなの。」
「でも見て。天気が良いから、車椅子乗って外に散歩しに行きません?」
「そういえば、今日は一度も外の空気吸ってないなぁ…。今日は寒いの?」
「今日は少し寒いかな。ここ最近はまだ秋だっていうのに、冬が始まったみたい。上着着ていきますか。」
「うん、そうだねぇ。」
「じゃぁ左手こっちに通して…。」
「悪いねぇ。」
「いいえ。よし!レッツゴー」
今年の夏は暑すぎた。そして秋らしさは短く、すぐに冬のような寒さがやってきた。
「おぉ、寒いですねぇ。種村さん大丈夫ですか?」
「僕は大丈夫だけど、有木ちゃんそんな薄い上着で寒くないのかい?」
「私は若いから大丈夫ですよ。」
「いつも元気だねぇ。僕がもう少し若かったらご飯にでも誘うのに。」
「そうだなぁ。種村さんがあと30コ若かったら良かったんですけどねぇ。」
「まったくだよ。うちのバアさんの若い時みたいに有木ちゃんはべっぴんさんだ。」
「あら、ありがとうございます。その奥さんは、今日いらっしゃるんですか?」
「どうだろうねぇ。昨日来たから今日は来ないんじゃないかな。」
「肩痛むみたいって心配していましたね。」
「そうなんだよ。最近こっちが痛いんだよね。まるで感覚が戻ってきたみたいだよ。」
車椅子に座っていると、どこがどう悪いってわからないけれど、種村さんは脳梗塞で倒れた。その後遺症として、左手足に麻痺が残り、左側からの情報を上手く得ることが出来ない、疲れやすいところがある…などなど。
例えば、左側から話しかけると耳が悪いわけじゃないのに反応が遅かったり、左側にある物に気づかなくてぶつかったり。
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