虹のふもと
身振り手振り
 昨日の大雨の跡はすぐに乾いて、今日は晴天だ。
「今日の天気は?」
「ハ…レ。」
「そう、晴れ!」
紙に太陽の絵と【晴れ】の文字を書いて、窓の外の青空と照らし合わせるように見せた。
「おー。」
表情良くしながら窓の外を一緒に眺めた。

寺田さんは、脳出血の後遺症で言葉に障害を負った。いつも「うんうん。」とか「へー」とか、タイミングよく相づちを打つけれど、全ての言葉の意味を理解しているわけではない。理解しているのは…だいたい半分くらいかな。長々と話されたり、難しい言葉、早口は理解しづらい。大事な内容は言葉だけで言うのではなく、紙にこちらが伝えたい言葉を単語にして書いて、少しずつ確認しながら話しを進める。毎回毎回紙に書かなくてもいいけれど、身ぶり手ぶりを入れながら、こちらも表現豊かに伝える。首を縦にばかり振る寺田さんも、時々「ううん。」と横に振る。首を縦に振ることは簡単だ。だけど、横に振るのは言葉をよく理解している証拠。私はいつも、わざと首を横に振らせるように会話を仕向けたり、笑わせたりする。寺田さんの笑った顔と、困った顔して首を振るのが大好きだったから。
「昨日ね、虹を見ました。」
「ホー。」
「ほら。」
そう言って、その時撮った写真を見せた。
「アー。」
「綺麗でしょ?」
「ウン。」
「間違ってお願いごとをしてしまいました。」
手を合わせて見せた。
「フッ、ハハハ。」
「お願い事をするのは流れ星だよね。」
「ウンウン。」
「お願いごと、寺田さんはなにかありますか?」
「ンー…オォ。」
そう言いながら、ダラんと下がった右手を差した。
「お願い事かぁ。」
「ウンウン。」
そう言って苦笑いをした。寺田さんの右手はほとんど動かない。右足は少し動くから、歩くリハビリをしているみたい。そんな彼女ももうすぐ退院だ。

 初めて会ったのは、今から数ヶ月前。男性のような坊主頭に近い髪型。
「初めまして。」
私の言葉に軽く会釈する。
「かーきー、かーきーくーけーこー」
口を開くと、カ行が出る。自分の名前は一緒に言うとなんとか聞き取れる。
「アー、アー。」
「どうしたの?」
「アー、アー。」
少しズボンを触っている。
「トイレ?」
「アー、アー。」
苦しそうな顔…わからないけどトイレに誘導する。
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