短編集
ちなみに言うとあそこの角のタバコ屋さんは、通学路から大きく離れているからなかなか行く機会がないけれど、おいしいたこ焼きも売っているから行く機会を絶対逃したくないのに。オガタくんになんて説明しようかとフル回転しているはずの脳みそは、いつの間にかたこ焼きのことにフル回転し始め、最良の答えを弾き出す前に、未だ困惑状態のオガタくんにたこ焼きを食べに行こうとお誘いをしてしまった。
嗚呼、なんという愚か者!結局食欲の前には全てが砂上の城なんだわ。だったら愚か者でも仕方ない。なぜかオーケーしてくれたオガタくんをお供に、私は明日のレポートのことすら忘れてたこ焼き屋を目指して邁進した。
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オガタくんは自転車通学らしく、シルバーの車体をした自転車の荷台に乗らせてもらっている間、寝ぐせで所々はねているダークブラウンの髪は、珈琲を彷彿とさせる。ラフなデザインTシャツから浮き出る筋肉の筋や骨の形は、骨付きチキンを思い出させる。
キャメルともこうして自転車を相乗りしたことがあったけれど、キャメルの香水が花のような甘くて、かつ草木の青さのある香りのせいか、こんなことを思わなかった。きっとこれほどまでおいしそうな後姿をしているのだと思うのは、オガタくんだからに違いない。そう思うと急に心臓が速く脈を打ち始め、お腹が鳴りそうなのに喉は水も通らないようになる。顔どころか、オガタくんの肩を掴んでいる手や背中まで熱くなっていく。どこでもいいからオガタくんを齧りたい。
急に狭まった視界がグルグルと回っているような気がして、いつもとびきり道草を食わなければ行けなかったたこ焼き屋の、雨風や日差しで色褪せたタコの看板を見つけるのが数秒遅れてしまった。慌ててオガタくんにUターンをするように言い、私は自転車から飛び降りて数メートルほどの距離を走った。小さな窓口に座ってたこ焼きを焼くおばあちゃんにたこ焼きを二船頼み、出来上がるまで近くのベンチに腰を下ろす。オガタくんは私に「ハヤマさんっておてんばなんだね。びっくりした」と笑いながらベンチの近くに自転車を停め、私の隣に座った。