短編集


 それでも現実の、焼きそばの間から見えるテラシマさんの背中は買ったばかりみたいに綺麗で清潔な制服越しでも分かるほど細くて、やっぱり骨が浮き出ていた。さすが人知未踏のテラシマゾーンとでも言うべきか。黒い、醤油でも被ったかのような髪が、開きっぱなしの窓から入る風に靡いて、ただそれだけなのにモデルと言われるのも頷けるほど画になっていた。一言で言うならば、綺麗だった。野生児でメドューサのくせに。

 その時だった。運悪く、俺がテラシマさんを凝視しているのをリーダーに目ざとく発見されてしまい、もうみんな落ち着いて昼飯を食っているにも関わらず、また俺を簡易お笑いライブの舞台に上らせる為に大声で「おおい、見てみろよ。ミヤタがテラシマのこと見ているぞ!」と叫んだ。数グループで輪になって弁当を囲んでいたクラスメートの好奇に満ちた目が一斉に俺を見て、不揃いだったり、白かったり、黄ばんでいたり、ふりかけをくっ付けていたりする歯をむき出してにんまりと笑った。俺の心中は、また笑われるのかという呆れや恐怖にも取れる武者震いと、これでテラシマさんも俺みたいにクラスの人気者になれるんじゃないかという汚い歓喜でいっぱいだった。

 テラシマさんも、その何も映していないんじゃないかと思われる黒い瞳で、リーダーに冷やかされる俺を見ていた。きっとふつうの女子なら「やだあ、ミヤタ見てんじゃねーよ、きもい。セクハラで訴えられたいの」と下品な物言いで俺に盛大なバッシングを浴びせることだろう。

しかしテラシマさんは俺のつま先とテラシマさんのつま先がぶつかるところまで接近して、俺を見下ろす。切り裂かれた闇から暗い目がギョロリと俺だけを見ていて、背筋とみぞおちに氷を押し付けられたみたいにゾッと寒気が襲った。テラシマさんはたまごふりかけがかかったおにぎりを手にしたまま、長い時間瞬きもしなかった。クラス中が静まり返り、俺は細い息しかできず、頭の隅の隅で「うわ、テラシマゾーンに入ってる」と思った。



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