魔王と王女の物語②-Chain of destiny-【完】
同時刻、グラースから書いてもらった書状を手に、ケルベロスの背に乗ったオーディンとローズマリーがブルーストーン王国の頭上を旋回した。


その姿を見た住民たちがたちまち騒ぎ出し、騒ぎを聞きつけた衛兵たちが続々と飛び出てきて、届きもしないのに槍や剣を振りかざしている姿は滑稽で、オーディンが忍び笑いを漏らした。


「人間とは面白い。届かないとわかっていても、手を伸ばすのだから」


「なんでも屋さんから見れば人間なんてちっぽけな生き物よ。大きなものは怖いし、小さなものには強い。それより…」


しっかりと腰に回った手をつねりながら振り返ると、待ち受けていたかのようにオーディンの唇がすぐ傍にあり、ローズマリーは苦笑しながら頬を押して顔を遠ざけた。


「なんですか、もう親しい仲じゃないですか」


「それをさっきコハクに指摘されてたでしょ?ああいうのは困るのよ、それを言いたかったの」


「ですが…楽しかったでしょう?」


耳元でわざとトーンを落として囁かれた声は魅惑的で、今度は腰に回っていた手をつねった。


「そこらへんの女と一緒にしないで。1度だったら火遊びで済むけど、それ以上は駄目。コハクの時で懲りたのよ私は」


「コハク様がよっぽど良かったということですか?」


「…あなたは人間じゃないし、私は人間だけど、人間としての生き方を捨てた者。最初から相容れないのはわかっていたでしょう?さ、もう降りましょう」


――オーディンはやわらかい笑みを刷きながらも、その表情からは何を考えているのか窺い知れず、こちらもまた何を考えているのかわからない微笑を浮かべたローズマリーに手を叩かれて急かされると、街の中心にある噴水広場の前でケルベロスを下ろした。


「お、お前たちは何者だ!」


「リントン国王陛下にお話ししたいことが。グラース王女からの書状を持参しました」


「グラース様の!?」


『早くしてよねー』


恐る恐る遠巻きに見つめている住人たちに向かって3つ頭を持つケルベロスがそれぞれ大きな口を開くと、子供たちが叫び声を上げて逃げ出し、大人たちは言葉を失って立ち尽くした。


「あ、私たちは怪しい者ではありませんよー」


…十分怪しかったのだが。
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