魔王と王女の物語②-Chain of destiny-【完】
その夜、暗闇の部屋でひとりグラスを傾けていたコハクの元にオーディンがやって来た。

眼帯はなく、終始穏やかに微笑みながらテーブルに脚を投げ出しているコハクの前に座ると、唐突に別れを口にした。


「少々用があるのでしばらく留守にいたします。もうあらかた元通り…いえ、もっと綺麗になっていますし、私はもう用無しでしょう?」


「用無しとか誰が決めたんだよ。で?どこ行くんだ?お前にゃまだ色々働いてもらう予定だったんだけどな」


闇にコハクの真っ白な肌と真っ赤な瞳が浮き上がり、オーディンは若々しい姿に似合わない杖を常に携帯しながらそれを膝に乗せて指先で撫でた。


「私とあなたが出会った当初は…あなたは雄々しく、知識について貪欲だった。まるで遥か昔の私自身とそっくりでしたよ」


「お前とか?じじいと一緒にすんなよな」


「魔法を自在に使い、誰よりも欲に長けていました。私はそんなあなたに惹かれ、困っている時は手を貸そうと思いました。ですが…」


「雲行きが怪しくなってきたな。何が言いたい?」


胃が焼けそうなほどにアルコール濃度の高いウォッカをラッパ飲みしながら問うと、オーディンは機敏に立ち上がり、静かにコハクを見下ろした。



「もしラス王女が忽然と姿を消したら…あなたはどうしますか?」


「捜す。地の果てまで捜して…必ず取り戻す」


「誰かに攫われたら?」


「チビを攫った奴をぶっ殺す。わかりきったことを聞くんじゃねえよ」


「そうですか、わかりました。では明日の朝発ちます。この国の再出発の日に再び会いましょう」



いつも突然姿を現わし、突然去って行くオーディンは部下ではなく、友人だ。

こき使っても文句は言えど大抵は言うことを聞いてくれる男に手を挙げつつ別れ、息をついた時…隣室からくしゃみが聴こえて思わず壁にぴったりと耳をつけて盗聴紛い。


「今くしゃみしたよな!?まさか風邪引いたんじゃ…」


――今日はキスもできて、抱っこもできて、散歩もできた。

それが嬉しくて、そんな日々もいいと思った。


「チビは俺を変えた。俺は…チビを変えることができたかな」


ラスを想い、瞳を閉じた。
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