魔王と王女の物語②-Chain of destiny-【完】
庭に止めていた馬車に着いた頃にはラスの体調は悪化していて、絶えず吐き気が襲っていたので、コハクは気が気ではなく、急いで乗り込もうとした時――


「ラス」


「……お父様…」


ソフィーと喧嘩をしたことを聞きつけたカイが息せき切りながら飛びだしてくると、真っ白な顔をしてぐったりしているラスを見て脚を止めた。


「お母様が心配していたよ。ラス…お母様も本当は嬉しいんだよ。それをわかってあげてほしい」


「…」


声は届いているはずなのに、いつものように“うん、わかった”と言わないラスは終始俯き、決してコハクのシャツの袖から手を離そうとしなかった。

そして吐き気を堪えるかのように何度も身体を痙攣させていると、これ以上話が進展しないと踏んだコハクはカイの肩を突いて馬車から離れさせた。


「ソフィーがチビの体調を悪化させたんだからな。チビ…興奮するなってあれほど言ったろ?」


「コー…もう行こ。もうここには…」


“もうここには来ない”と言われそうになり、一生愛娘と会えなくなるかもしれないという不安が胸をよぎったカイは、真剣な眼差しで再度訴えた。


「ソフィーも葛藤している。ラス…わかってやってほしいが、今は身体を大切にね。つわりが治まったら…また遊びにおいで。その頃にはきっとお母様も落ち着いているからね」


「…」


また返事もせず、コハクも2人の会話に入ることなく無言で扉を閉めると馬車が空を駆け、カイは純白のマントをなびかせながら瞳を細めて馬車を見送った。


――馬車の中では唇を噛み締めたラスがずっと眉根を絞っていて、泣きたいのを耐えているのがすぐにわかった。


…母は強くならなければ。

コハクは母親というものを知らないが、“妊娠した女性は精神的にも肉体的にも強くなる”と書いてあったので、ラスを膝に乗せると指でラスの鼻をくすぐった。


「ママがぐすぐす泣いてると腹ん中で育つものも育たねえぞ。ソフィーも突然のことで驚いただけだって。それよか薬飲めよ。ほらこれ」


医者に処方してもらった薬を口移しで飲ませると、呑み込んだのを確認してから優しく抱きしめて、笑んだ。


「ママになるの…嫌になったか?」


「!違うよコー…!私…お母様のことは大好きだけど、コーを悪く言われるのは嫌。だからお母様が認めてくれるまで話さない」


絶対に――
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