魔王と王女の物語②-Chain of destiny-【完】
神の住む楽園から魔界の自宅へと戻ってきたデスは、いつものように膝を抱えて椅子に座ると身動きひとつせずに床の小さな染みを見つめ続けていた。


…神からあの所業を赦された…

ラスと、ラスとコハクの子供の名は“死神の書”に記されていたはず。

確認するためにローブの下に手を突っ込んで引き出すと、手には表紙にタイトルの無い真っ黒で分厚い本が。

骨だけの手でぱらぱらとページをめくると、これから死ぬ予定の人間や魔物などの名が連ねられ、デスの手が止まった。


次のページに名が載っているはずだ。

もし…もし赦されたのなら、名は消えているはず。


「………」


無表情のデスは親指と人差し指でページをめくった。

そのページは…真っ白だった。


一気にふわっとした感覚に包まれたデスは、この心地よい感覚と共に眠ればきっといい夢が見れるかもしれないと考えて、真っ黒なローブと真っ黒なブーツを脱いだ時――

荒々しくドアをノックする者が現れた。

独特の叩き方で、それが誰だかわかった。


「…………」


「デス、居るんだろ?ドア蹴破ってもいいのか?居留守決め込むとはいい度胸じゃねえか」


――さっき別れたはずのコハクだ。


ローブを脱いだデスの格好はほぼコハクと同じで、太股あたりまで丈のある真っ黒なシャツと、身体にぴたっとくっつく真っ黒なパンツ…

コハク以上に黒ずくめのデスがドアを開けると、さっさと中に入ったコハクはデスに手にしていた最高級品のウォッカを見せた。


「………今から寝るとこ…」


「これ飲んで寝たらいいんじゃね?ちょっとだけここに居させてくれよ。一緒にこれ飲もうぜ」


「…………うん」


返事をすると嬉しそうににかっと笑ったコハクは、テーブルの上に広げてあった“死神の書”を目にすると思いきり顔を逸らしてデスの肩を突いた。


「あれ直せよ。他人に見せたらまずいんだろ?」


「……無かった」


「あん?何がだよ」


「………あの子の名前…無かった」


素顔を晒しているデスの表情…口角は少しだけ上がっていて、微笑んでいるのがわかった。

死神という立場からは到底想像できない優しい瞳をしていて、コハクはデスの肩を抱くとデスの頭を撫でた。


「お前のおかげだ。さ、飲もうぜ」


静かなところには、静かな男が居た。
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