紅い月
「そうじゃないの。映画を観に行っていたのは私ではなくて、私の兄よ」
「お兄さん?」
「ええ、そうよ。今は大学に通って、医学を学んでいるの」
「へえ、そうなの」
答えながら八重子は思い出していた。
そういえば、千代の父親は病院を経営していたはずだ。きっとその病院を継ぐのが兄なんだろう。
「我が兄ながら頭も良いし、背格好も悪くはないと思うわ。・・・ちょっと、変わり者ではあると思うけど」
「そんな、変わり者だなんて」
「いつも難しそうな分厚い英語の本を持ち歩いて、暇さえあれば目を通しているんだもの。私にはわからないわ」