Colorful World
 ポーン、と弾かれた音。音楽的センスのカケラもない旭にはドのようにも聞こえるし、ミのようにも聞こえてしまう。
 優しく弾かれた音は、広い空間にあっという間に溶けてしまって、またしても無音が旭と海理を包む。

 何か言いたい。…だけど言えない。

 この無色の空気を壊してはいけない。何色にも染まっていない、海理の奏でる音なき音に耳を傾けていたい。そう思った矢先、海理が旭の方を振り返った。

「…?どうしました?」

 ふるふる、と彼は首を横に振った。ピアノに向き直ると、その細い指が鍵盤の上に優しく置かれる。
 紡がれたのは、聞いたこともない旋律。元々旭にクラシックの知識なんてものは皆無なわけだが。それでもショパンやベートーヴェンの有名曲くらいなら知っている。だけど、少なくとも旭の知る数少ないクラシック曲には該当しない。
 時折、髪を軽く揺らしながら、確かなタッチで、それでいてどこまでも悲しいくらい優しく、鍵盤に指を滑らせていく。

 …声は出ないけれど。〝音〟が紡ぎ出せないわけじゃない。
 彼のピアノがそう言っているように、旭には聞こえてしまった。

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