僕らが今いる今日は
 志望校を坂咲に変えたのは、その日のうちだったと思う。
予想通り、あらゆる人から反対をされたけど、気持ちは変わらなかった。
最後の最後まで靖修にこだわった母親には、三年間きちんと勉強して有名大学に進学すると約束して坂咲を受験させてもらった。

で、今は―…。

 間違ってなかった、と思っている。
そういうことに関しては、これ以上ない最高の道を選んだと。
 ただあの時の自分は、どうしようもなく安易だったと思う。
極めるつもりのないものに、中途半端にかかわったことは、実は少し後悔していたりしている。

 
     *


 一人だけ集団の前を走る、茶色い髪が揺れる。
5000m競争は、残り半分を切っているのだろう。
一心に相澤を見つめる望は横目に、視線だけでスタンドを見まわした。
そんなに観客は、多くない。
ほとんどが関係者だろうし、なんとなく場違いな感じもする。

「あれだろ、坂高の相澤って、めちゃくちゃ速いヤツ」

斜め前、一メートルほど離れたところに座る、ジャージ姿の二人。
他校の生徒なんだろう。
言葉の端々に、嫌味が混じっているのが、嫌な感じだ。

「でも見た目チャラいのがムカつく。真面目にやる気ないんだろうな」

「女受け狙ってんだろ。てか髪染めるってやっぱ嫌味だよな。才能あるからって」

こういう考え方、サイテーだ。
何も気づいていない二人の背中を、睨みつけた。
 相澤にとって、髪の色で誤解を受けるのは、これが初めてというわけではないだろうから、相当なコンプレックスなのかもしれない。
相澤の髪の色に対する過剰な反応の理屈は理解できたけど、納得には至らない。
髪なんて黒に染めちゃえばいい話だし、茶髪を貫き通すならこれくらいのことでウジウジ言うほうがバカだと思う。

 相澤はトップでゴールテープを切った。
控えめなガッツポーズが見えた。
記録は13分台、速いのかどうかは、わたしにはわからないけど。
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