僕らが今いる今日は

·橋本くん

 事件は、その日のうちに起きた。
事件と呼ぶのは、大げさだったかもしれない。
でも我が家が大騒ぎするのには十分すぎる大事件だった。


     *


 例の試合の帰り道、望と別れて、家に向かって歩いていた。
わたしは歩道橋の真ん中で、下を走る車の流れを見つめる中学生を見つけた。
橋本くんだった。

 橋本くんは智基の小学校からの同級生で、一番の仲良しさんだった。
我が家にも何度も遊びに来ていたし、わたしとも顔見知りだった。
大人しくて智基とよく似た感じの子だ。
教室でも目立たないタイプなんだろうな、とも思う。

 ちょうどいい機会だと思った。
智基が学校でどうしているのか知りたい。
何か悩んでいるなら、何もできなくてもいいから、支えてあげたい。
橋本くんに訊けば、何か教えてくれるかもしれない。

 わたしが歩道橋の階段を上り終わっても、橋本くんは全く気がつかなかった。
否、周りが一切見えていないように思えた。
何かがおかしい。
橋本くんの足元に、ノートとシャーペンが落ちていた。
最悪の事態が脳裏に浮かんだ。
橋本くんが手摺に掛けていた手に力を入れて、向こう側へ飛び上がろうとするより一瞬早く、わたしは駆け出していた。

「橋本くん!!!!!」

橋本くんの身体が向こう側に落ちるより早く、わたしは橋本くんをこちら側に、引きずり戻していた。
中学生とはいえ男の子を支えるだけの力はなくて、引きずりおろした拍子に自分も倒れて下敷きになってしまった。
スカートの下の、むき出しの足が擦りむけて血が滲んでジクジクと痛む。
何が起こったかわからずに呆然としている橋本くんを押しのけ、馬乗りになって押さえつけた。
相手は男だ。
力じゃかなわない。
かなうわけない。
もし今、もう一度、橋本くんがわたしを振りほどいて飛び降りようとしたら、止められないかもしれない。
そう思うと頭の芯が冷えた。
恥じらいも、痛みも取っ払って、ただ橋本くんを押さえつけることしかできなかった。
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