僕らが今いる今日は
 智基は家に来た橋本くんを見るなり顔色を変えた。
それからわたしの足にちらっと眼をやって、絶句していた。

 つられてわたしも自分の足を見て驚いた。
傷そのものは、多分そんなに深くない。
ただそれが思った以上に広範囲で、しかもほったらかしにして動かしていたので、血が固まらずに流れて、いつの間にか真っ赤に染まっていた。
もちろん痛い。

「……真思はなんで怪我してんの?……なんで啓太がいるの?」

「橋本くんが歩道橋から飛び降りようとしてたから。わたしはそれ止めようとして転んだの」

自殺しようとしてたんだって、橋本くん。

救急箱持ってきて、と言っても、智基はその場を動かなかった。
突然、智基は床に突っ伏して激しく泣き出した。
肩を震わせ、頭を床に擦り付けながら、嗚咽交じりに一身に呟いていた。

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…

 橋本くんは眉間にしわを寄せて、ぎゅっと目をつぶっていた。
わたしは困惑しきって、黙って二人を見ていた。

 橋本くんは、薄笑いを浮かべた。
土下座して頭をこすり付けている智基を黙って見下ろしていた。

 橋本くんは智基を責めなかった。
智基は責めてもらえなかった。
詰ってもらえなかった。
もちろん、許してもらえなかった。

「橋本くん…家に電話するから。家の人に迎えに来てもらおう?……智基は、自分の部屋に行ってなさい」

 頭の中はパニックで真っ白なのに、自分でも驚くほど冷静だった。
引きずるようにして智基を部屋に連れて行き、橋本くんの家に電話をかけた。

 電話に出たのは橋本くんのお母さんだった。
優しそうな声だった。
端的に状況と、そこまでの経緯と用件を伝えた。
橋本くんが学校でいじめられていたらしいこと、飛び降り自殺しようとしているのを見つけて慌てて止めたこと、家まで迎えに来てほしいということ。
徐々に電話の向こうで、相槌を打つ声が震え始めた。
電話越しに橋本くんのお母さんが動揺しているのがわかる。

「それで…啓太は、啓太は無事なんですよね?」

「大丈夫です。飛び降りを止めたときに転んでしまって、少し腕を擦り剥いてますけど。…今はだいぶ落ち着いています」

そうですか、よかった。本当によかった。
ありがとうございます、ありがとうございます…

鼻をすする音が聞こえた。
聞いているこっちが苦しくなってしまう。
橋本くんをあと一歩のところで助けたのは、わたしだ。
でもわたしは、橋本くんが自殺する原因をつくった親友の姉だ。

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