僕らが今いる今日は
 その日の部活は、センちゃんに呼ばれて、第二準備室に行くことになった。
 
「とりあえず座りなさい。飲み物はいつものでいいかな?」

センちゃんが昔、自分で作ったという椅子とテーブルに通され、電気ケトルで沸かしたお湯で淹れたインスタントのミルクティーが差し出される。

「ありがとうございます。いただきます」

結構美味しいんだ、これが。
センちゃんはいつものブラックコーヒーだ。
もちろんインスタントであることに変わりはないけれど。

「受験勉強はどうなんだ?順調?」

いえ、と苦笑した。

「まあまあです。今のままじゃどうにもなりませんけど」

センちゃんはじっとわたしを見つめ、コーヒーのマグを口に運ぶ。 

「今学期で部活は引退、八月の全国総文祭は代理人を立てて、その次の九月の地区展は辞退。いいんだね?」

「ご迷惑をおかけしてすみません。よろしくお願いします」

「文化祭はどうする?」

「展示関係はお任せします。文化祭用に新しく描くつもりはありません」

 センちゃんは、そうか、と言って、わたしの前にA4サイズの茶封筒を置いた。
中身はわからない。



「平岡は後悔しているだろう?」

何を、とは言わない。
言われなくてもわかる。
なぜわかったのかも、なんとなく、わかる気がする。

してます、とかすれ声で答えた。

知らなければ、迷うことなく選べた大学進学の道に、今、手を伸ばすのを躊躇ってしまっているから。

一年のころは、進路に迷いなんかなかった。
東京の方の有名大に進学して、将来は中学校の教師になる。
入学前からそう決めていた。
自分も、なにより両親が、そう信じて疑わない。
それが今になって揺らいでいるのは…。

それくらい、後悔するくらい、絵を描くことに本気で打ち込むことは楽しかった。
だから、もっともっと極めたいと思ってしまった。

「自分の選んだ道を後悔して、君は過去に逃げるの?」

紅茶の熱さがじんじん沁みる。
悲しくて、悔しくて、情けなくて、怖くて、泣きたくなった。

納得はしていなくても、理解はしている。
芸術の道では食べていけない。
ただでさえ不景気なのに。
親に言わせれば、美術なんて所詮道楽。
そんなことを勉強するために、お金なんか出してもらえるはずがないことくらいわかっている。

「わたしは、大学に、行きたいから」

わからない。
それが正しいのか、そうじゃないのか。
社会的に間違った選択はしていないはずだ。
真面目に勉強して、素直で聞き分けのいい優等生で。

「平岡、耳を塞ぐな。目を瞑るな。言い訳で自分を守るな」

センちゃんは容赦がない。
聞きたくなかった。
認めてしまったら、今までわたしが積み上げてきたものが音を立てて崩れてしまう。
十八年間が、全否定されてしまう、気がする。

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