僕らが今いる今日は
 夕食の片づけを手伝ってから、部屋に戻った。
勉強するつもりで机に向かったけれど、つい、今日貰った茶封筒に手が伸びる。
中身を取り出そうとして、やめた。
かわりに、机の一番下の引き出しから、雑誌を取り出した。

『月刊シン論』

 望や他のクラスメイトたちがよく話題にしているような、モデルや街角スナップでキラキラしているようなファッション誌じゃない。
経済界のパイオニアやベンチャー企業の社長、有名な芸術家やアスリートなんかを特集する情報誌だ。

 普段はお父さんが買うのを読ませてもらうくらいで、わざわざ自分で買ったりはしない。
でも今月号はどうしても欲しくて、手元に置いておきたくて、自分で買った。

 特集ページを捲ると、大きな見出しで『未来を追及する革命的デザイン・田原いち子』と書かれている。

田原いち子。
デザイナー。アートディレクター。

 一年前までは、名前すら知らない人だった。
きっかけは、新聞の番組表で見つけた、なんとなく面白そうだったから録画したドキュメンタリー番組。
鳥肌が立った。
奇抜で存在感のある舞台や映画の衣装、大胆なデザインのポスター。
そのどれもが、これまで存在しなかったものを表現するこだわりと、妥協せずに条件をクリアしていく情熱に基づいていた。

 デザイナー、という仕事に興味を持ち始めたのはそれからだった。
仕事の内容なんかは、詳しく調べたわけじゃないからわからないけれど、衣装をデザインしたり、ポスターをデザインしたり、視覚で感情やメッセージを伝えられるデザインを世界に発信してみたかった。

 もちろん、専門の学校に行かなかったからと言って、デザイナーを目指すことは不可能なんかじゃないはずだ。
でも、遠回りしてしまうことは確かだ。
自分と同じようにデザイナーを目指して勉強しているほかの子たちとは、どんどん差が開いていってしまうんじゃないだろうか。
そんな気がして、よく分からないまま焦っている。

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