僕らが今いる今日は
 話が途切れた。
電話の向こうで、瞬は机の角を指ではじいているかもしれない。
癖だった。
出会った頃からずっと。
中学三年のときの大怪我で、松葉杖の生活になってからは、特に。



『…会えないかな?ちょっと頼みたいんだよ、人探しっていうか、詳しいことはあった時に話すから、な?』

瞬は長い間をおいて、ようやく言った。

「それってなに…坂高の生徒か何かなの?」

『そう、そうなんだよ。頼むな、日曜。いいよな、家まで行くから』

 来てくれ、とは決して言わない。
瞬はそういう人だ。

 日曜なら、と頷きかけて、望との約束を思い出した。
先約を断るわけにはいかないだろう。

「今週末は忙しいから。月曜じゃダメなの?」

『忙しいって何?用事?』

「…友達と、買い物」

 嘘をついた。

 事故にあう前、瞬はめちゃくちゃ足が速かった。
陸上部じゃなかったけど、もしかしたら、相澤と同じくらい速かったのかもしれない、と思う。
トラックにはねられた瞬は、奇跡的に命は助かったけど、右足を複雑骨折。
ぐちゃぐちゃにちぎれた神経はもう元には戻らないし、松葉杖なしでは、走ることはおろか、歩くこともできなくなった。

 瞬は走るのが好きで、大好きで、だから、この三年間は悔しい思いばかりしてきたんだろうな、と思うから、だったらやっぱり言えない。

『嘘つくなよ。県総体、行くんだろ』

 ぼんやりと記憶に浸っていたわたしは、一気に現実に引き戻された。
言葉に詰まったわたしに、瞬はそうだろ?と続けた。
マコはそういう嘘下手だよな、とも。

 昔からそうだった。
瞬は嘘が上手い。
嘘をつくのも、人の嘘を見抜くのも。

『気にしなくていいんだって。もともと陸上なんて興味なかったし』

 嘘ではない。
でも本当のことでもない。

興味がないなら、県総体の日程なんて、知ってるはずないじゃない。
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