カランコエ
店長は、いつもより早く店を閉めた。赤い夕焼けが、あの日を思い出す。
「―じゃあ、また明日」
「佐藤、ちょっと待て」
帰ろうとした俺を呼び止めた店長は、小さな紙の箱を渡した。当たり前だが中に何か入っている。
「何ですか?これ」
「ケーキだよ」
店長は胸を張ってそう言った。
「は?ケーキ?」
「ああ、苺のショートケーキだ。喫茶店だからな、ケーキだって出すぞ」
「いや、知ってますけど」
何で今ケーキ?首を傾げる俺に店長は笑った。
「お前、誕生日だろ?どうせ親からしかプレゼントを貰えない哀れなお前に、優しい店長からの贈り物だ」
「…誕生日、2週間後なんですけど」
「フライングプレゼントだよ!2週間後は店が混むからな、渡す時間が無い!」
「何で未来の事が分かるんすか」
呆れたけれど、ちゃんと貰うことにした。
多分これは、店長からの元気づけだ。昼間暗かった、俺を元気付けるために。
「はは、ありがとうございます」
「おう!最近、老若男女問わず金を奪う輩がいるらしいからな、奪われそうになったら代わりにそれをやれよ!」
「じゃあ気をつけてください、オッサン」
「てめーもオッサンじゃねーか!」
「ギリギリ29です!」
もうすぐ誕生日で30のくせにー!店長の罵倒を背中で聞きながら道を歩いた。
大丈夫、夕焼けは怖くない。
佐藤が道を曲がったのを見て、かけていた罵倒をやめる。煙草に火を付けて、白い煙を吐き出した。
誕生日にケーキを渡すなど、到底できないだろうから今日にした。きっとあの男は、自分の誕生日よりも別のものを優先するだろうから。
今は大分明るくなったが、此処に来はじめた時は酷いなんてもんじゃなかった。接客なんてさせられなかった。
「何とまあ、皮肉なもんだろうね」
誕生日じゃなくたっていいだろうに。神様も残酷な事をする。
「―12月1日が、命日なんてな」