カランコエ
―12年前のその日は、今よりもずっと寒かった。
12月1日、夕方。俺は塾に向かっている最中だった。
9月から受験勉強はもう本気モードで、学校が終わったら夜遅くまで塾、帰ったらまた勉強…。繰り返す勉強漬けの毎日は、俺の体をボロボロにしていた。部活で鍛えた体力も、もう無い。
今思えば、その弱った体も原因の一つだったのかもしれない。
道路を渡ろうとした瞬間、聞こえた轟音は耳を貫いた。
トラックが物凄い勢いでこちらへ向かってくる。ブレーキ音が響いて、ああ動かなきゃ、と思って。だけど足が咄嗟に動かなくて。
『危ないっ!』
幼い声が聞こえた瞬間に、俺の体は突き飛ばされた。体力が全く無くなっていた俺はたたらを踏んで尻餅をつき、
撥ね飛ばされる女の子を見た。
赤い血と赤いランドセルが夕焼けに混ざって、女の子は遠くまで飛ばされて。
俺はぼんやりと、ああ今日誕生日だとか、何処か離れたことを思って。
カラン
近くに飛んできた星のキーホルダーを見て、一気に現実に引き戻された。
「ーっ!!」
咄嗟にキーホルダーを掴んで、震える足で無理矢理立って、踵を返して走って、
つまりは、そこから逃げた。
「さとこ!?」
母親らしき人の悲鳴と、「さとこ」という名前が頭の中をぐるぐると回る。
振り返ることなんか、出来やしなかった。
何年経っても、あの日の事は忘れない。
新聞のニュース欄や「おくやみ」の欄はあれから一度も見れていない。
受験勉強もやめてしまい、今の喫茶店に就職した。
酔っ払いの喧嘩とか、正義感をふりかざして止めようとしていたいざこざも避けはじめた。
あの小さな女の子に生かされた命は、無駄にしてはいけない。
そう思いながら、その思いに締め付けられている事に、俺はずっと気付いていた。