カランコエ
 

 家にいるのも何だか勿体ないので、散歩に出ることにした。いつから自分はこんなにアクティブになったのだろう。一日をぼんやりと過ごすことが、何だか苦しくなってしまった。

 とはいえ、外に出たところで気分が軽くなるかといえば、まあ「家にいるよりは」というくらいのもので。目的もなくぼんやりと歩く俺は、通り過ぎる景色をただただその目に映すことしかしなかった。
 行き交う車、人。電線にとまる雀に、ごみ袋をあさるカラス。遠くに見える東京タワーがそびえ立つ様は嫌に孤独で、よく考えてみれば唯一赤く染められているそれは異質以外の何物でもない。
 だけど、その異質なものすらも全てないと、この日常は完成しない。何もかもを客観的に見ていて、ようやく気付いた。



 散歩の途中、中学時代の友人である倉田に出会った。久しぶりだな、俺社長になったんだぜ!マジでか半分寄越せ!ふざけんな誰がやるか!他愛ない、くだらない話に花を咲かせる。少しだけほっとした。

「だけどみんな変わったよなー」

「…え?」

「変わるだろ、中学卒業からもうすぐ15年だぜ?この間横山にも会ったけど、こーんなヒゲ生やしててさ…」


“変わった”


 倉田がそう言った瞬間、俺は急に現実から引き剥がされたような感覚がした。ぐんと視界がぶれて、目の前の友人が遠くに離れていく。

(そうだ)

 みんな、みんなして、変わっている。あの幼いガキだった自分は捨てて、どんどん新しい世界へ進んでいく。凄く分かる。だって、中学生の子供は会社の社長になんてなれない。ヒゲを生やしたら教師に叱られる。誰もがそんな大人の自分を無意識に自覚している。
 俺はまだ、大人になりきれていない。働いて、給料をもらって、大人になったような気になっていながら、心はまだ昔のままだ。

 あの時の俺が足を引っ張っている。個のままでは引きずられて負けてしまうだろう。早く抜け出さなければ。ずっと前からそう思っているのに、死はいやに重くて、枷はまだ外れない。

 先に続いているはずの道も、暗闇に隠れて見えないままだ。

 
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