カランコエ
「よう兄ちゃん、花とかどうよ?」
歩いている最中、そう声をかけられた。もしかして自分じゃないのかもしれないと思い辺りを見回していたら「そこでキョロキョロしてる兄ちゃんのことだよ!」と言われ、軽く注文を浴びてしまった。
向けられる視線に若干気まずい気持ちのまま声のする方へ足を向ける。
そこは花屋で、様々な種類の花が飾られていた。赤に黄色、白、青、紫…。あらゆる色の花が溢れる店は、この辺りで一際明るく輝いているような気がした。
「…何ですか?」
「何って、だから花とかどう?って聞いてんだけど」
聞いてなかったのかよ、と笑うその男は自分より少し上くらいか。明るい茶髪に三連ピアスが目につく。その喋り方から見た目から、何となく軽い感じがした。
「いや、でも俺花とか詳しくないんで…」
「この機会に知っていきなよ!別に今時男が花好きでも全然おかしくねーよ?むしろ格好良いしさ!大切な人とかいない?誕生日に花を贈るのも良いぜ」
「…あー、と」
「大切な人」という単語に反応してしまい、俺はその人から目線をそらした。そらした先に花の明るい黄色が目につき、思わず目を閉じてしまう。その明るさは、俺には眩しすぎる。
「あ、いるんだ!記念日とかある?何日?」
彼は、俺が反応したのを見過ごさなかったようだ。勝手に彼女か何かと思ったのか、キラキラした瞳で見てくる。
「そんな人はいない」と断ろうとしたが、俺の口から出た言葉は全く違うものだった。
「…12月、1日」
あの日を「記念」なんかにする気はないが、今のところあの日以外は思いつかない。記念ではないし、大切な日でもないが、忘れてはいけない日。
「そっか、ちょっと待ってて!」
何か思いついたのか、店員は奥に引っ込んでしまった。
周りの花を見渡す。色々と種類があるが、俺はバラくらいしか知らないので、どれが何の花かまったく分からない。だけど、どれも凄く綺麗で、俺はある歌の歌詞を思い出していた。