カランコエ
暫く花を眺めていたら店員が戻ってきた。手には一つの鉢を抱えている。
「12月1日なら、この花だな!」
店員が差し出した花を、何となく受け取った。
小さな花がいくつも咲いている、赤い綺麗な花だ。その小さい花が星の形に見えて、俺はあのキーホルダーを思い出した。
「…これは?」
「カランコエっていってさ、12月1日の誕生花なんだよ。日の長さが短くなると花芽がつきやすくなるから、電気がついてるここじゃあんまり咲かないんだよな」
これをあげたらどうだ?と言う店員に、俺は苦笑を返す。
「でも俺、花とか育てたことないし」
植物を育てるので思い出せるのは、小学校の頃の朝顔くらいだ。水をやるのを忘れて枯らしてしまった覚えがある。クラスの花壇の水やりもよくサボっていたし、ろくに花を育てたことはない。
「平気だって!土が白っぽくなったら水をやればいいだけだし、むしろやりすぎちゃいけないくらいだし」
「へえ…」
「それに、カランコエの花言葉かっけーんだぜ?」
「何ですか?」
「“あなたを守る”だよ!」
…聞かなきゃ良かったと、心の底から思った。
家への道を歩く。手にはあのカランコエ。どうやって買ったのか、どうやってここまで歩いてきたのか、何も覚えていない。
あなたを守る。
一体俺は何を守るというのだろう。失ったその日の誕生花の花言葉が「守る」だなんて。
本当は俺があの子を守るべきなのに。小学生に守られたなんて、情けなさすぎてどうしようもない。
空は夕闇が深くなっていて、ぽつぽつと星が見え始めていた。
俺はこの花を玄関に飾るだろう。キーホルダーの横に置いて、枯らしてしまわないように丁寧に育てるだろう。まるで彼女への償いのように。
深い夜の中、きっと俺はひたすら眠る。途中で目覚めて、暗闇の中絶望するのを恐れて。ただただ朝を待ち続ける。眩しいのも嫌いだけど、暗いのも嫌いだ。
1人で夜を過ごすよりは、何か呼吸するものがいた方がまだ楽だ。この花を買ったのも、そんな理由にすぎない。