愛を教えて
(この人は、いったい何を言ってるの?)


万里子は狐につままれたような気分で携帯電話を受け取った。


「お電話替わりました。千早と申しますが……」

『ああ、万里子くんだね。渋江だ。今日は招待に応じてくれてありがとう。藤原氏は息子の大学の先輩でね、今でも仲良くしてもらってるんだ。身元は確かな方だよ。私が保証するから、彼の話を聞いてもらえないか? よろしく頼む』

「おじさま? 渋江のおじさまですか? それはどういうことでしょうか? 父の会社に何か……」

『ああ、すまない。今ちょっと手が離せなくてね。そうだな、千早物産にとって大きな問題といえば問題だろう。あとは藤原氏と話をしてくれ。頼んだよ』

「待ってください、おじさま」


液晶画面は通話中から待受け画面に変わった。

万里子も渋江の声はよく知っている。家族ぐるみの付き合いで、今夜も父と一緒に、渋江の還暦祝いのパーティに呼ばれていた。

それだけではない。東西銀行は千早物産のメインバンクだ。その渋江から二度も『頼む』と言われては、無下に断ることなどできない。



携帯電話を返すと、彼は流れるような動作で助手席のドアを開けてくれた。しかし、万里子はそれをあえて拒否し、自ら後部座席のドアを開けて乗り込んだ。

万里子は仕方なく、初対面の卓巳の車に同乗したのである。


そして、着いた先は千代田区にある一流ホテルだった。
当然のように、万里子は警戒する。


「申し訳ありませんが――どれほど重大なお話かは存じませんが、こういった場所のお部屋に同行する訳にはいきません。帰らせていただきます」


車から降りるなり万里子は踵を返した。


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