愛を教えて
上昇した室温が急速に下がる。

卓巳と万里子は思わず腰が浮いた。隆太郎の顔が見る間に青褪め、今にも倒れるのではないかと思ったからだ。


「お、お父様……ご気分が悪いなら横になられて」


万里子は立ち上がり父親のもとに駆け寄った。

そして、ソファの隅にクッションを置き、声をかける。

卓巳が中腰のままでいると、隆太郎は、今度は顔を真っ赤にして、万里子の手を掴み叫んだ。


「横になんぞなれるかっ! な、な、何をそんな突然」

「急なことで驚かせてしまい、お詫びの言葉もありません」

「待て! ちょっと待ってくれ! そんな、藤原社長とはつい先日、会ったばかりじゃないか? それをそんな……」

「確かに、デートにお誘いしてひと月にもなりません。ですが……お会いしたのは半年前です。日比谷で、ある劇場のオープンセレモニーが行われたのを覚えておいでですか? その席でお見かけして以来、心に留めておりました。実は、東西銀行の渋江頭取には僕からお願いしました」


万里子は、卓巳が渋江頭取に手を回したことは知っている。だが、隆太郎にとっては寝耳に水の話であろう。


「そんな……ちょっと待ってください。万里子、お前はどうなんだ?」

「藤原さんを……いえ、卓巳さんをお慕いしております。どうか、結婚を許してください!」


彼は万里子の手を掴んだまま放そうとしない。どうやら、卓巳の隣に座らせるものか、という意図があるようだ。



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