愛を教えて

(8)朝帰り ―卓巳―

都内、大田区――高級住宅地といわれる地域のほぼ中央、千坪を超える広さの藤原邸があった。


「お帰りなさいませ、旦那様」


自動開閉式の正門脇には警備員が常駐しており、そこを卓巳が通過すると、本邸に連絡が行くようになっている。

久しぶりに帰宅した卓巳に挨拶をしながら近づいたのは浮島籐吉《うきしまとうきち》、藤原家の執事だった。五十年はこの邸にいるという。

浮島はひと言で言えば扱い辛い人物。卓巳にとって苦手な相手だった。


「ああ。――祖母はどちらに?」

「只今、皆様とご一緒に食堂で朝食を取られておいでです」


浮島の答えに、卓巳は食堂に足を向け、挨拶だけ済まそうとした。

そんな卓巳の背に浮島は声をかける。


「秘書の中澤様がお部屋でお待ちです。本日のご出勤が七時のご予定でしたので、心配になってお迎えにいらしたとか。昨晩もお戻りにならなかったことを伝えておきました」


時計を見ると七時半。

週の半分どころか、卓巳がここ数週間ほとんど戻っていなかった。帰宅予定だった昨夜も、連絡せずじまいだ。


(なるほど、朝帰りの嫌味か……この分だと叔母たちにもチクチク言われそうだな)


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