愛を教えて
沖倉は皐月からの信頼も厚い。彼は非常に厳格かつ平等な、かつての卓巳が理想とした弁護士であった。

もちろん、今でも尊敬している。ただ、彼自身は目指すものとはかけ離れてしまったが……。

卓巳は余計なことは何も言わず、沖倉にも頭を下げる。


すると、先に皐月のほうが口を開いた。


「例の遺言に関わる事態かと思いまして。沖倉先生をお呼びしておきました」

「お疲れ様。毎日大変そうだね。だが、大奥様から伺った話では……そう大変でもないのかな?」


沖倉の顔に和やかな笑みが浮かんだ。それは嘲笑ではなく、年若い卓巳を純粋にからかう口調。その証拠に、沖倉の声はいつも温かい。


「そうですね。毎日が充実していて、周囲の声は気にはなりません」


卓巳も口角を上げ、薄い笑みを返した。


「そう……。では、お話を伺いましょうか?」


皐月の言葉を受け、卓巳は深呼吸をする。そして、頭の中で何度も繰り返した台詞――万里子の素性や馴れ初めを話し始めた。


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