愛を教えて
「どう思われました? 沖倉先生」


皐月は卓巳が部屋を出たのを見計らい、沖倉に声をかける。その声には苦渋に満ちていた。


「昔に比べて、随分腹芸が上手くなったものだ。なかなか読ませませんね」


皐月に比べ、沖倉は幾分軽い口調だ。適当に答えているという訳ではなく、深刻ぶる皐月を宥める意味もあるのだろう。


「妻にした、というのは真実でしょうか? もしそうなら、たとえどんな女性でも結婚させてやりたいと思います」

「大奥様にはお気の毒ですが、あれは嘘でしょう。――こちらが調査報告書です」


そう言って、沖倉が差し出した書面には、卓巳にとって命取りのことが書かれてあった。


『藤原卓巳氏は母親の性的虐待により心因性の性機能障害を発症。十年前に治療を拒否されたことにより、重症化のおそれがある。また、三十代からの精力減退に伴い、機能の回復は非常に困難と――』


皐月は途中で読むのをやめ、深いため息をつく。


「やはり、あの女の手元に残したのが間違いだったのです。わたくしさえしっかりしていれば……」


老眼鏡を外すと、皐月は涙を隠すように目を押さえた。


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