愛を教えて
――ああ、君か……寝室には不要だ。書斎のほうに。


そんな声が電話の向こうから聞こえる。


「あの、卓巳さん?」

『すまない。メイドに夜食を頼んでいたんだ。これからまだ仕事でね』

「すみません、私、長々とお邪魔してしまって……」

『気にする必要はない。かけたのは僕だ。――じゃあ、日曜日に』


卓巳は最後に『おやすみ』と囁き、電話を切った。


電話の向こうに、かすかに聞こえた女性の声。


(こんな遅くまで、メイドに仕事をさせるの? それとも別の理由が……)


万里子は胸の月に雲がかかったような気分だった。

そして、契約書に書かれた別項が脳裏に浮かぶ。


『万里子は卓巳の交遊関係に一切不満を唱える権利を持たない』


結婚すれば同じ部屋の隣のベッドで眠ることになる。
もし、卓巳が隣のベッドで他の女性と愛し始めたらどうすればいいのだろう。万里子には、文句を言うことも、逃げ出すこともできない。


(私……卓巳さんのことが好きなんだわ。好きになってはいけないのに。決して、愛してはもらえない人なのに)


初めての恋は小さな喜びと大きな不安を、万里子にもたらした。


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