愛を教えて
「おばあ様はそんなにお悪いのですか?」

「すぐに命が危ないということはないが、移動には車椅子が必要だ。念のため、昼間は看護師も付けている。もし、これ以上病状が進むようなら、二十四時間の介護態勢にして医者も待機させるつもりだ」


そう語る卓巳の横顔を万里子はじっと見つめていた。

見られている卓巳のほうが気恥ずかしくなり、


「何かおかしなことを言ったかな?」

「いえ。卓巳さんは本当におばあ様を大事に思われてるんですね。今回のことも、おばあ様のため、と言っておられましたし……」



嘘ではないが真実とも言い難い。

結果的に皐月は喜ぶだろうが、卓巳の目的はそれではなかった。皐月の身体を気遣うのも、まだ死なれては困るからだ。

しかし、それを正直に言えば、万里子に軽蔑されるかもしれない。


後ろめたさを覚えつつ、卓巳は苦笑して話を逸らせた。


「万里子、我が祖母殿は、なかなか手強い女性なんだ。なぜなら、この家には鬼が棲んでいてね、人の心を容赦なく喰い荒らす。祖母は半世紀も鬼に囲まれて生きてきた」


まさしく、この家は鬼の巣窟だ。他人の痛みには無頓着で、平気で致命傷を与える。そのくせ、自分たちはかすり傷程度でも大騒ぎをする。


「そんな連中と半世紀も渡り合ってきた人だから……」


卓巳は途中で口を噤んだ。


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