愛を教えて
言い過ぎて万里子を怯えさせたのでは話にならない。


しかし、それは卓巳の杞憂だった。


「それは、普通のことだと思います。誰でも、自分のことは可愛いから。辛いことがあれば、逃げたくなるんじゃないでしょうか。逃げずに立ち向かおうとする、卓巳さんが特別なだけです」


柔らかな笑みを湛え、万里子は卓巳を見上げた。

雲の隙間から射し込む陽射しが、万里子の頭上で煌き、髪に天使の輪を描く。卓巳はそんな彼女が眩しくて、思わず目を逸らした。


「僕が、変わり者ということか?」

「いえ、そうではありません。卓巳さんは強い精神力を持った誇り高い方ですから……。その、中世の騎士のような。ついつい、安易な方へ流れてしまう私などには真似できません」

「僕が騎士か……なりたいものだな」


車から降り、エントランスに立ち止まったまま、ふたりは見つめ合っていた。

卓巳は万里子から目が離せず……何秒ではなく、何分という時間が過ぎる。



「あのぅ……すみません。お車を、車庫にしまわせていただいてよろしいでしょうか?」


いつの間にか現れた運転手が、なんとも言えない表情でふたりを見ていたのである。

彼はもともと、皐月専用リムジンの運転手だ。しかし最近、その仕事はほとんどない。そのため、来客の車は専用の駐車場に、家人の車はそれぞれの車庫に納めるのが、仕事になっていた。


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