愛を教えて
卓巳は表情を変えないまま、内心舌打ちした。案の定、静香の言動は万里子の不安を煽ったようだ。


「やっぱり、おばあ様は反対なのでしょうか? 私、どうすれば……」

「反対してる訳じゃない。財産目当ての茶番だと思ってるだけだ。心配はいらない、僕が説得する」


言うなり卓巳は万里子の手首を掴んだ。

とっさの出来事に、万里子はビックリした顔で卓巳を見上げている。


――万里子がもし、「やっぱり無理です」と言い出して逃げ出したら。


そんな不安が卓巳を突き動かした。

だがホテルの前で万里子の腕を掴み、即座に振りほどかれた経緯がある。同じことを、使用人や静香の前でやられたら、卓巳はまずい立場に追い込まれるだろう。

ほどかれる前に手を放すべきか、それとも問答無用で引っ張って行くか。

卓巳は決断できず、ただ時間だけが過ぎる。


「わ、わかりました。あの、卓巳さん、手を放してください」

「本当に? 帰るとは言わないな?」

「はい。あの……皆さんが見てらっしゃるので……」


あのときのように振り解くことはせず、万里子は耳まで赤く染めてうつむいた。

ハッとして振り返った卓巳の背後に、ポカンと口を開けたままの使用人たちと静香がいたのだった。


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