愛を教えて
卓巳の大胆な宣言に、それを聞いていた全員が息を忘れた。


「そ、それでは……藤原グループはどうするつもりです!? そんな娘のために、あなたは仕事を放り出すというの? 大の男が……社長ともあろうものが……そんなことでよろしいと思ってらっしゃるのっ!?」


そう叫んだのは尚子だった。


「何をおっしゃいます。藤原には優秀な太一郎くんがいるじゃありませんか。おばあ様が彼を選ぶのであれば、私は喜んで身を引きます。社長の席をお返ししますよ」



尚子たちは、卓巳に藤原を捨てる覚悟があるとは思ってもみなかった。

貧しい育ちの人間は、一度金を手にするとそこから逃れられないものだ。

藤原家の嫡男に生まれながら、彼はその恩恵を受けることなく生きてきた。祖父の死により、ようやく手にした地位を守るため、卓巳は動いているのだと思っていた。



しかし、この発言に一番驚いていたのは卓巳本人だ。


高徳亡きあと、藤原グループの分裂を防いだのは“藤原卓巳”その人であった。

経営のことなど、興味もなければ学んだこともなかった。だが彼は藤原グループに入るなり、水を得た魚のように、その力を遺憾なく発揮した。

ここまで、ほぼ一日も休まず仕事に携わり、安定に導いた巨大グループを人に任せるなど冗談ではない。

そんな思いも彼にはあった。

でも今は……。


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