愛を教えて
「……い、え……」


口を開くが、声が出てこない。

万里子は自分を落ちつかせようと指先で口元を覆った。肌に触れた指先は氷のように冷たく……それに気づいたとき、カタカタと震え始めた。

とにかく卓巳のそばまで行こう。
崩れ落ちそうな膝をどうにか前に動かしたとき、彼女は背後に人の気配を感じたのである。


全員の視線が太一郎に注がれた。
そんな中、万里子だけは振り向くことができない。


「乱暴な女だなぁ。そんなに驚くほどのことでもないだろ? 挨拶だよ。ア・イ・サ・ツ」


太一郎は万里子の耳元に唇を近づけ、そんな言葉を口にした。

万里子はもう動くことができない。
胸の前で祈るように手を組み、卓巳を見つめた。

力を入れ過ぎて、爪の先が真っ白になるくらいに。



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