愛を教えて
太一郎の姿を見た瞬間、卓巳はおおよその事情を察した。
彼は即座に万里子を背中に庇い、太一郎との間に割って入る。


「太一郎、どんな挨拶をしたんだ」

「そんな怖い顔すんなよ、卓巳さんの女なんだろ? 大したことはしてないって」


太一郎は肩を竦め、おどけた声で卓巳の詰問をかわそうとする。
しかし、それは逆効果だった。


「万里子が怯えてる。何をした?」


卓巳の声は冷ややかさを増し、同じ質問を繰り返す。

そこに、横から静香が口を挟んだ。


「どうせ、またやったんでしょ? あんたって気に入った女を見るとすぐ、挨拶代わりって、キスするのよねぇ」

「うっせえな。挨拶だよ、挨拶。こんなの手ぇ出したうちに入らねーよ」


太一郎の普段の行いを知っていれば、想像するのは造作ないことだ。図星を指され、あっさり肯定して開き直った。

尚子はそんな息子を叱るでもなく。


「なあに、いやぁねぇ。そんなことで大騒ぎしてらしたの? 何ごとかと思うじゃない」

「そうですわよねぇ。今どきの若い方ですもの、それくらい」


和子も同意し、姉妹は声を立てて笑おうとしたが……。


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