愛を教えて
彼女が黙ったままでいると、卓巳は苦笑いを浮かべた。


「僕は君に指一本触れない。いや、人前で肩や腰に手をやるくらいはするだろう。しかし、ベッドは別だ。期間はおそらく二年。契約期間が過ぎれば君は自由だ」


身体が欲しいと言われたとき、突然のことに万里子はびっくりした。だが、夫婦生活までは思い浮かばなかった。


「そ、それは……そんなことは」

「君は藤原姓となり戸籍は汚れる。その代償として、数十億単位の金を無担保で差し出すのだから、充分だろう。だが、お父上がふたりの関係を疑えば、融資を断ってくるかもしれない。そのためにも芝居が必要なんだ」


万里子は一旦目を閉じ、深呼吸する。そして、正面から卓巳を見据え、最大の疑問を投げかけたのだ。


「あなたは弁護士ではありませんね。あなたは誰ですか? 何者なの?」

「弁護士は嘘ではない。このバッジも本物だ。だが――このホテルの筆頭株主でもある藤原グループ本社社長という肩書きも持っている」


それはあまりに巨大なグループ名であった。

万里子はろくな返事もできず、その場に立ち尽くした。



――これは運命の出逢いだった。

それぞれに縛られた過去の鎖から、お互いを解き放つための。

しかし、それに気づくには、まだしばらくの時間が必要だったのである。


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