愛を教えて
卓巳の視線に気づかず、万里子はゆっくりと暖炉の近くまで歩いていく。

最近は擬似暖炉といって見せかけのものが多い。
だが、卓巳の部屋にあるのは本物だった。玄関のステンドグラスはアンティークを輸入したと言っていた。
この暖炉もヨーロッパの古い邸宅で使われていたものかもしれない。


(外国の映画に出てくる暖炉みたい)


石造りの暖炉は手で触れると重厚感があった。内部には焦げ跡もある。実際に使用されていたものに違いない。

映画と違うところは、暖炉の上に何も置かれていないことだ。
外国では自宅やオフィスなど、プライベートな空間に家族や友人の写真を飾るのはごく普通の習慣だと聞く。
もちろん、日本にはあまり馴染みのない習慣だが……。

部屋の中を見回しても、家族写真らしきものは何もなかった。

あまりに殺風景で、私室と呼ぶには寂しい空間だ。



そのとき、携帯電話を切り、卓巳が万里子に近づいてくる。


「さっきから気になってるんだが……右手首をどうかしたのか?」


卓巳に言われて初めて気がついた。



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