愛を教えて
自分でも無意識のうちに右の手首を撫でていたようだ。
確かに、少し違和感がある。


「失礼」

「あ! あのっ」


卓巳に手を取られブラウスの袖を捲られた。すると、手首にくっきり赤い痣ができている。
それは、太一郎に掴まれた指の痕だった。


「太一郎だな……あの野郎」


卓巳は唸るように奥歯を軋ませた。その音が万里子の耳に届き、食堂での激昂ぶりを思い出させる。


「大したことないですから。気にしないで」

「痛むんじゃないのか? すぐにも医者を呼ぼう」

「いえ、とんでもない! 本当に大丈夫です。これくらい、すぐに消えますから」

「……すまない。本当にすまない。二度とこんな目には遭わさない。約束する。だから……結婚の話を白紙に戻すことだけはしないで欲しい」

「そんなこと。そのために、ここに来てるんですから……」


万里子の胸にあずさの姿が浮かんだ。


(もし、彼女の告白が事実だったら……私は約束を破ることになってしまう)


そんな思いが彼女の声を小さくした。


< 185 / 927 >

この作品をシェア

pagetop