愛を教えて
億単位の金を右から左に動かせる、世界的に名が通っている日本を代表する企業の若き社長が――。


「まるでホームレスのようなことをしていたなんて……」


万里子は口の中で呟いた。
だが、卓巳にも聞こえていたようだ。


「――のようなこと、をしていたんじゃない。ホームレスだったんだ。最低限のモラルで犯罪には走らなかったが……。何度、店先からパンを盗みたいと思ったかしれやしない。自慢にはならないが、風邪はひいたことがないし、食中毒もない。健康というより、耐性ができてるんだろうな」

「それは……その……よかったですね。何ごとも無駄じゃないっていうか」


万里子にはなんと答えればよいのかわからない。
それでも、よい点を探そうとする辺りが、彼女らしかった。


「子供のころから、まともじゃない環境で生きてきた。だから今、叔母たちに何を言われてもほとんど気にならない。誰も助けてはくれなかったからね、自然と強くなった。太一郎なんかには負けないさ」


淡々と語る様子を万里子は黙って聞いていた。


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