愛を教えて
「藤原グループの総帥は、卓巳さん以外にいらっしゃらないでしょう。卓巳さんにも、そのことは充分わかっておられると思います」


皐月は肩越しに振り返り、万里子に向かって手を差し伸べる。


「万里子さん……卓巳さんのご苦労は、すべてわたくしの責任なのです。わたくしは、夫の愛し方も、息子の愛し方も間違えました。卓巳さんに幸せになっていただきたくて、呼び戻したつもりでしたのに……。かえって、針のむしろに座らせてしまいました。だからこそ、この家に卓巳さんひとり残して逝く訳にはいきません」


万里子は皐月の手を掴んだ。


「卓巳さんの妻になれるのならなんでもする、そう言ったあなたに、わたくしはすべてを託します。心から、卓巳さんを愛してくれているあなたに……」



それは、命を込めた願いだった。

皐月の手は驚くほど白いが、とても温かく万里子の手を包み込んだ。


契約書には、この皐月が亡くなって一年後に別れる、と書いてあった。
万里子はあまりの申し訳なさに、真実を話してしまいたくなる。だが、そんなことは口が裂けても言えない。皐月の心臓が持たないだろう。
万里子は罪の意識に必死で耐えた。

真実は言えない。だが、嘘も言うまい。そう心に決める。

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