愛を教えて
実際のところ、ふたりとも言葉にこそしていないが、お互いを伴侶として認め合っていた。

少しずつ縮まる距離が、ふたりの仲をより親密なものに変えていく。
服の上からではあるが、卓巳は万里子の腕や肩、そして腰にまで触れるようになっていた。
性的なものはなくても、ふたりにとっては革新的な進歩だ。

同じものを見て、笑い、共有する時間。
すべてが新鮮で、寒々としていた互いの人生に、春の息吹を感じさせた。


結婚式では、誓いの口づけを交わすことになる。

今夜から、ふたりの共有する時間に、“キス”が加わることは、ほぼ間違いないだろう。




宗にその辺の事情まではわからない。

だが、グレーのフロックコートを着た卓巳は、万里子の耳元に口を寄せ何ごとか囁いている。
同じ仕草を万里子も返し、ふたりは見つめ合い微笑んだ。

誰が見ても新婚そのもの。


「契約書は意味がなかったな」


ひとり呟く宗だった。


< 260 / 927 >

この作品をシェア

pagetop