愛を教えて
「結婚おめでとう、マリちゃん! あ、いや、万里子様」


そんな万里子と父の間に、ひたすら明るく喜びに溢れた声が響いた。


「俊介さん! わざわざ来てくれたなんて、どうもありがとう!」


そこに立っていたのは忍のひとり息子、香田俊介だった。

俊介は今、静岡市内の公立中学校で教師をしている。急な招待だったが、結婚の祝いに駆けつけてくれたのだ。


「本当に綺麗になったね! 四年前はまだまだ、可愛いマリちゃんって感じだったのに、今は“万里子様”だもんなぁ」


十歳年上の俊介は、万里子にとって憧れのお兄さんだった。
忍が住み込みで働くようになったとき、俊介も一緒に千早家で暮らし始めた。
髪はいつも短く刈り上げて、色んなスポーツが得意だった。初等科のころは、夏は海やプール、冬はスキーやスケートによく連れて行ってもらった。

そして、万里子が中等科に上がるとき、俊介は就職が決まって千早家を出た。
そのときは悲しくて……。

今になって思えば、あれが万里子の初恋で失恋だったのだ、と思う。


「そうですよ。もう、お嬢様ではなく、藤原家の若奥様なのですから。あまり馴れ馴れしく呼ぶんじゃありません」


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