愛を教えて
忍は、万里子には優しいが俊介には厳しい母親だ。
だが、万里子が父に感謝するのと同じく、俊介も女手ひとつで育ててくれた忍にとても感謝している。

今年還暦を迎えた母親に、仕事が辛くなればいつでも自分たちと一緒に暮らそうと言っているそうだ。
俊介は妻も中学教師をしていて、この夏にふたり目が産まれたばかりだった。


『嫁が仕事に復帰するのに、子供の面倒をみる人間が欲しいだけですよ』


などと忍は強がっている。
内心は喜んでいることを万里子は知っていた。


「どうもありがとう、俊介さん。もう、忍ったら。相変わらずうるさくって」

「お嬢様! あ……失礼いたしました」


四人は声を上げて笑った。 


(こんなに幸せな結婚式ができるなんて! いいえ、結婚生活だってきっと)



このときの万里子に、気づくはずもない。

“幸福な花嫁”の時間が、あとわずかであることを。


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