愛を教えて
上着を掴む指先、口元から漏れる甘い吐息……。


それはしだいに、薄暗いアパートの一室に響く、喘ぎ声へと変わっていく。

女の手が卓巳の腰の辺りで動いた。
これは錯覚だ、わかっていても、十五年前の誘惑者が蛇のように鎌首をもたげ、物欲しげに彼を見ている。


卓巳はハッとして万里子を突き放した。


「ダメだ……やはりダメだ。どうかしている。僕は……なぜ君のような女に口づけるんだ!」

「卓巳さん、私は」

「そんな目で見るなっ! 男を誘うような……物欲しげな目をするなっ!」


それは白蟻のように、卓巳の心を奥深くまでボロボロに蝕んでいた。

男と女の、セックスと金に対する欲望ばかりを見せられた。優しさも愛情も知らずに育った青年は、自分の感情でさえ自信が持てない。

愛するがゆえの衝動も、欲望に変換され、卓巳の胸には過ちとしか映らない。

万里子の瞳に宿る、愛情や尊敬、信頼の光すら、卓巳の中で“淫靡な誘惑”に誤変換されてしまったのである。


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