愛を教えて
控え室に万里子はひとり残された。

そして今日、一番幸せなはずの花嫁は、涙の海に今にも溺れそうだった。


(あんなに……優しくしてくださったのに。どうして?)


万里子は今日、本当の花嫁になれたつもりだった。
今夜にでも『契約書はなかったことにしよう』そう言ってもらえると信じていたのだ。

それが、キスの途中で突き飛ばされ『男を誘うな!』と罵倒された。


その言葉は、決して卓巳が口にしてはいけない言葉であった。

万里子を追い詰め、ひび割れた心を砕いてしまう言葉――。



『お前が誘ったんだ。その目で……犯してくれってな』


四年前の悪夢の夜、最初の男が万里子の身体を傷つけながら言った。
コンビニの駐車場で、男が落とした車のキーを万里子が拾ったのだという。そのとき、じっと目を見つめ、誘いかけるように微笑んだのだ、と。


(誘ってなんかいない。私は、望んだりしてない!)


万里子のささやかな善意は犯罪の言い訳にされた。

あの日以来、人と目を合わせるのが怖くなった。可能な限り、誰とも視線を合わせないように生きてきた。


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