愛を教えて
卓巳のわからないのはそこだ。

いくら大事なお嬢様のためとはいえ、ひとり息子の将来に禍根を残してまで、忍はこんな書類を書いたのか。
正確には“有印私文書偽造”という罪を犯したことになる。
逆に言えば、忍が罪に問われなければ、俊介の潔白は証明されないだろう。

だが、忍は強く唇を噛み締め、口を開けば『わたくしの責任でございます』と言い、ひれ伏すように謝るだけだ。
これでは埒が明かない。

卓巳は少し迷ったが、自分から口にすることにした。


「結婚前、軽井沢の別荘に誘ったことがある。だが、万里子が酷く嫌がってね、僕も無理強いはしなかった」


軽井沢の言葉に、忍の全身に緊張が走る。


「この間、些細なことで喧嘩をしたんだ。思わず、彼女の腕を強く掴んでしまった。途端に万里子の目は虚ろになり『言うとおりにするから、殺さないで』そう言った」


固く唇を結びうつむく忍に、卓巳は畳みかけるように言う。


「忍さん、僕はこれまで、見当違いなヤキモチで万里子を傷つけた。だが、妊娠が暴力によるものなら、彼女が罪の意識に苛まれる必要はないだろう? 万里子は、自分を穢れた女だと言ってる。僕に愛される資格がないと言って泣くんだ。彼女を救いたい。万里子には決して言わない。事実を教えて欲しい」


卓巳の真剣なまなざしに、忍はついに、重い口を開いた。


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